大判例

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高松高等裁判所 昭和28年(う)84号 判決

紫雲丸と鷲羽丸とが衝突した原因は乃村定雄が、本件狭隘な水道で鷲羽丸と行き会つたとき紫雲丸の船首を左転したその運航に関する職務上の過失に基くものであることは原判決の認定した通りであるが、鷲羽丸が本件狭隘な水道において、その中流の右側を航行中、紫雲丸と行き会い、紫雲丸が二短声を吹鳴して左転したとき両船のそのときの速力約一〇節距離八、九百米並びにその海面とを考慮すると、被告人は臨機の措置として、鷲羽丸の機関を全速力後退にかけるか或は適当に左転して運航すべきであつたのに短声一発を吹鳴して右転して臨機の措置を過つた被告人の運航に関する職務上の過失もその原因をなしているのである。被告人が職務上当然要求せられている注意義務を十分に果したならば、この臨機の措置をとれば両船の衝突は避け得られるが、一短声を発して右転したならば両船の衝突は必至であるとまではいえぬが、衝突の虞れは十分にあるということに気ずく筈であつたのにこの注意義務を十分に果さなかつたために気ずかずその運航上の措置を過り意外な両船衝突の結果を来したものである。衝突が必至となつた場合に初めて臨機の措置をとらねばならぬ、衝突の虞があるというだけでは臨機の措置をとつてはならぬという見解を被告人は主張しているようであるが、この見解には賛成できない。苟も衝突の虞があるときは、その虞のある状態に突入してその間に活路を見出すというような冒険を避け、臨機の措置としてその虞ある正規の航法(例えば狭隘水道における右側航行)をとりやめ安全な別個の運航方法(例えば全速後退とか狭隘水道における左側航行)をとるべきであり、それができなくても、より一層衝突の虞の少い航法を選ぶべきである。そのような次第であるから原審が本件の場合鷲羽丸としては紫雲丸の短声二発左転したのを知つても未だ海上衝突予防法第二十七条第二十九条の臨機の措置をとるべき時機に達していたものということはできないと状勢判断したのは事実誤認であり、この事実誤認は判決に影響を及ぼすこと明らかである。

その他検事が主張する被告人の過失の点(葛島水道を航行しなければならないのに直島水道を航行したこと及び鷲羽丸が牛ノ子礁灯並航直後直島水道内で小角度に相対して九百米に接近している紫雲丸に対し、船首を左転し紫雲丸に緑灯を見せたこと)と直島水道の範囲の点とは証拠が十分でないから首肯できない。仍て刑事訴訟法第三百八十二条第三百九十七条により原判決を破棄し同法第四百条但書の規定に従い当裁判所において自判することとする。

罪となるべき事実

被告人は甲種船長の海技免状を有し、四国鉄道局宇高連絡船予備船長で昭和二十五年三月二十五日午前零時三十五分乗組員五十八名と貨車十六輛を積載して宇野港を出港した宇高連絡船下り鷲羽丸(一・五〇〇トン)の船長であつた。ところで鷲羽丸は右のように午前零時三十五分に宇野港を出港したのであるが、その出港定時は午前零時十五分であり、従つて鷲羽丸は定時より二十分遅れて宇野港を出港したわけである。一方高松港を出港する宇高連絡船上り紫雲丸は高松出港定時三月二十五日午前零時を十分遅れて同日午前零時十分高松港を出港した。紫雲丸は乗組員七十二名貨車十六輛を積載し船長三谷市蔵は紫雲丸が高松港口を出ると間もなくその後の運航を当直航海士乃村定雄(原審相被告人であつて甲種二等航海士の海技免状を有す)に任せて船長室に入つたので乃村定雄は自らその運航を指揮して宇野に向け航行して来た。当時天候は晴天で見透し約四浬、風力波浪共に穏かで漲潮流未期の海面を鷲羽丸は約一〇節の速力で航行し、零時四十五分頃直島水道北口北方に達した。その頃上り便紫雲丸は針路を直島水道にとり約一〇節の速力でオソノセ灯浮標附近に達していた。そして鷲羽丸の船長である被告人は上り便紫雲丸の進航を確認していたのである。この時両船は直島水道を挟んで相対し、そのまま両船が航行を継続すれば、両船は荒神島の串山鼻と牛の子礁間より南、爼石北方の海面で行き違うことが予想されたのである。

さて、直島水道を航行中の鷲羽丸は零時五十二分頃南の針路で牛の子礁灯標の西方二百米ばかりのところを並航し、上り紫雲丸は北微西の針路で爼石灯標の東方約二百数十米ばかりのところを並航していた。両船間の距離は約八、九百米であり両船の見合関係は鷲羽丸から見て紫雲丸は見て紫雲丸は左舷船首約四分の三点(一点は十一度十五分)の小角度であり両船の速力はいずれも時速約一〇節であつた。そして両船の進行している海面は海上衝突予防法による幅員(可航水路)は直島と荒神島の最狭部間約百五十米、牛の子礁と荒神島の串山鼻間約二百十米、爼石と直島の南西端間約五百二十米、爼石と荒神島の串山鼻間約七百米であるから、直島の南西端から直島の串山鼻に至る海岸線と牛の子礁及び直島と荒神島との最狭部の地点を結ぶ線及び荒神島の直島に面する海岸線と荒神島と串山鼻と爼石を結ぶ線で挟まれた海面並びに荒神島の南海岸と爼石、帆掛岩を結ぶ線で挟まれた海面は、いずれも海上衝突予防法第二十五条にいう狭隘なる水道に該るのである。

そうして鷲羽丸は牛の子礁西方を、紫雲丸は爼石東方を夫々航行しているのであるから両船はこの狭隘なら水道を航行しているのである。又かかる狭隘なる水道を航行する汽船は中流の右側を航行しなければならないのであつて(同法第二十五条)両船はその航法に従つて右側航行していたのである。

このとき乃村定雄は紫雲丸の正船首附近に一時鷲羽丸が船首を左に振り白々紅灯が両舷灯に変り更に白々緑灯に変る(船舶は進航するにあたり、その構造、舵の操り方、潮流の横圧等の関係で多少船首を或は左に或は右に振るものである)のを認め鷲羽丸は紫雲丸の右舷に出るものと速断し臨機の措置をとるべきものとして短声二発を発して左舷一杯を命じ直ちに左転したのである。ここにおいて事態は急転し若し鷲羽丸が正規の航法(即ち鷲羽丸から見て紫雲丸の右側航行)を墨守するとすると紫雲丸と衝突の危険大となつたのである。機関を停止して全速後退の方法をとるか又は同法第二十七条の臨機の措置として左側航行の方法によれば衝突の危険は避け得られるという瞬間に当面したのである。しかるに被告人は船長としての業務上の注意義務を尽さず咄嗟の間機宜の措置を過り直ちに短声一発を発して右転したのである。その結果両船は同じ方向に漸次距離を短縮して零時五十四分頃遂に鷲羽丸の船首を紫雲丸の右舷二十五番肋骨上部に殆ど直角に衝突するに至らしめ,因つて紫雲丸は船尾ワゴンデツキ下の三等客室右舷肋骨二十五番乃至二十七番間に楔形破口を生じ、この破口から浸水して数分後に同船を沈没するに至らしめ、そのため紫雲丸乗組員中船長三谷市蔵外六名を溺死するに至らしめたものである。

(裁判長判事 坂本徹章 判事 塩田宇三郎 判事 渡辺進)

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